大隅清治先生は、およそ50年間(1960年代〜2010年代)に亘って、IWC(国際捕鯨委員会)科学委員会等において先導的かつ代表的研究者として活躍され、1990年代には日本政府派遣首席科学者をお務めになられるなど、我が国を代表する鯨類研究者でした。
大隅先生は、1930年7月12日に現在の群馬県伊勢崎市にお生まれになり、その後、旧制群馬県立前橋中学(この間に東京陸軍幼年学校に一時在学)を経て、旧制官立新潟等学校に御入学されました。 ご在学中に学制改革が行われ、旧制校最期の修了生となられましたが、最終的には 1949年に東京大学理科U類に、二年後の学部移行時に農学部水産学科に進学されました。
大学御卒業後は東京大学大学院生物学系研究科(旧制度)へご入学、1958年に博士課程を修了され、農学博士学位を授与されました。 同時に、1958年4月に旧(財)鯨類研究所の正式職員に採用されておられます。 一方、大学院ご在学中より、旧(財)鯨類研究所の非常勤研究員として研究活動を開始。 当初は主任研究所員の故西脇昌治先生(後に東京大学海洋研究所所長など歴任)、さらに所長の故大村秀雄先生のご指導の下で、この期間にすでに大型鯨類・小型鯨類ともに世界最先端の知識を身につけられていたとのことです。
大隅先生が東京大学に提出された博士論文は、"A study on age determination of the fin whale"と題する論文で、その後の先生のライフワークともなるナガスクジラの年齢査定を対象としたものでした。 その論文の中で、当時IWC科学委員会の最重要課題であったナガスクジラ年齢形質である耳垢栓に形成される成長層の年間蓄積率を確定させたもので、以後国内外の多くの鯨類資源研究の基盤を築かれました。
1966年になると鯨類資源研究は国家の責任として実施されることになり、大隅先生も旧鯨研から水産庁水産研究所に異動されました。 同年5月に東海区水産研究所(東京)、1967年8月には新設された遠洋水産研究所(静岡県清水市)の鯨類資源研究室長に抜擢され、以後二十五年間清水を基点に鯨類資源研究を展開されていかれます。 特に、1988年8月から1991年の3月には同所の所長をお務めになっておられます。
遠洋水研所長をご退任の後は、(財)日本鯨類研究所の理事に就かれ、1995年12月には理事長に選任されました。 理事長職を2004年1月まで務められ、理事長御退任の後は同所顧問に就任、2015年10月からお亡くなりになる2019年11月2日まで同名誉顧問として研究の推進と後進の育成にあたられていました。 「日鯨研に来るのは僕の永遠の使命だから」の常日頃のお言葉のように、ご逝去の前日まで日鯨研に出勤されておられました。
以上のように、大隅先生は1950年代から2010年代までほぼ半世紀以上に亘って、鯨類研究の最前線におられ、多くの研究活動および実践的調査活動を通じ、鯨類資源研究と管理の前進と発展に寄与されました。 特筆されるべき研究成果として、前出のナガスクジラ年齢査定の研究に加え、特筆されるご業績はマッコウクジラの社会生態の研究で、鯨類研究所英文報告に"Some investigations on the school structure of sperm whale (Scientific Report of Whales Research Institute, 23:1-25.)"として公表され、学会に衝撃を与えるのみならず同種の資源管理に大いに貢献され、先生の名前を不動のものにされました。 また、近代的鯨類資源管理の基盤となった、国際鯨類調査十カ年計画(IWC/IDCR)の創始なども先生のご努力によるものでした。 この間、上梓された科学論文は、500編以上に及び、當所図書室にて現在なお追補整理中です。 またこの間、ノルウェー国王勲章や日本哺乳類学会特別賞など数々の栄誉受賞をされておられます。さらに2020年には、水産ジャーナリストの会特別賞を受章されました。
このたびご令室の大隅正子先生(日本女子大名誉教授、綜合画像研究支援 NPO IIRS理事長)並びにご令嬢の大隅典子先生(東北大学教授、同大副学長)のお許しをいただき、ご研究の概略(巻末に暫定主要研究業績リスト)をここに掲載させていただきました。 完全な業績リストは別の機会に改めて公表させていただきます。
一般財団法人 日本鯨類研究所