南極海は鯨類を含む生物資源の宝庫である。 この南極海での豊富な資源を求めて商業捕鯨が開始されたのは1904年である。 当時は生産性の高いシロナガスクジラやナガスクジラ、ザトウクジラなどが捕獲の対象となり、その過度な捕獲によってこれらの大型鯨類資源が減少していった。 このような状況の中、1970年代になると環境保護団体等が商業捕鯨の一時中断を主張するようになり、1980年代には国際捕鯨委員会(IWC)において、商業捕鯨のモラトリアムが導入され、現在に至っている。
しかしながら、鯨種ごとに資源状態をみると、モラトリアム導入当時に我が国が捕獲対象としていたクロミンククジラは小型であるため、それ以前の商業捕鯨の主対象とはならず、むしろシロナガスクジラなどの大型鯨類の減少によって余剰となったオキアミを捕食することによってその資源を増大させていると考えられ、商業捕鯨モラトリアムが提案された時点でも高い資源水準にあると考えられていた。
にもかかわらず、この健全な資源と考えられたクロミンククジラを含む商業捕鯨のモラトリアムが導入されたのは、充分な科学的知見が得られていないとの理由からであった。 このため、日本政府は、南極海のクロミンククジラ資源に関する科学的情報を収集して、鯨類の持続的利用の達成に資することを目的として南極海鯨類捕獲調査(JARPA)の実施を決定した。 財団法人日本鯨類研究所は、政府からの調査実施許可と財政支援を受けて、1987/88年からJARPAを開始した。 このJARPAは、2年間の予備調査を含む18年間の長期調査計画であり、2005年春に多大な成果をあげて終了した。
JARPAで収集されたデータや調査結果は、昨年1月に開催されたレビュー会合において詳細な検討が行われた。 その結果、南極海のクロミンククジラと北半球のミンククジラが別の種であることが明らかにされたほか、調査海域に来遊するクロミンククジラには2つの系群があること、資源管理に有用な自然死亡係数や性成熟年齢などの生物学的特性値が系群毎に推定されたこと、並びにそれら生物学的特性値のいくつかに経年変化のあることなどが明らかにされた。 また、クロミンククジラ体内に蓄積される重金属やPCBなどの汚染物質が極めて少なく、索餌場となる南極海が地球上で最も汚染されていないクリーンな海域の一つであることも明らかにされた。 以上のように、JARPAは、所期の目的を達成し、また多くの有用な成果をあげたことから、クロミンククジラ資源の合理的な管理と利用に大きく貢献するとの評価を受けている。
さらに、今年12月にはIWC主催のレビュー会合が開催されることになっており、最終年の結果を含めた総合的な評価がなされることになっている。
また、JARPAの解析から、南極海生態系がナンキョクオキアミを鍵種とする単純な構造をもち、オキアミを巡ってヒゲクジラ類の間で競合関係のあることが指摘されている。 さらに、初期の商業捕鯨で低位の水準にあったナガスクジラ、ザトウクジラ等の資源も、モラトリアム以前に実施された資源保護により、資源を回復しつつあり、近年では目覚ましい回復傾向を示していることも示唆されている。 これらのことは、ヒゲクジラ類資源を適切に管理していくためには、単一鯨種ごとに資源動態やその将来予測を行うのではなく、南極海生態系の構成員としての鯨種の位置づけを明らかにし、鯨種間関係も併せて総合的に考える必要のあることを示している。
そこで、我が国は鯨類を含む南極海生態系のモニタリングを行って、適切な鯨類資源管理方法の構築に必要な科学的情報を得るため、致死的および非致死的手法の双方を含む総合的な調査として第二期南極海鯨類捕獲調査(JARPAII)を策定し、実施することを決定し、財団法人日本鯨類研究所が日本政府からの調査実施許可及び財政支援を受けてJARPAに引き続き2005/06年から本調査を開始した。
このJARPAIIでは、従来のクロミンククジラに加えて、より大型のナガスクジラやザトウクジラも捕獲調査の対象となっている。 ただし、当初2年間(すなわち、2005/06年と2006/07年)は実行可能性(フィジビリティー)調査として、クロミンククジラとナガスクジラのみを対象として、拡大された調査海域における目視調査の方法、採集数及び対象鯨種の増加に対応した採集方法等の実行可能性と妥当性を検証することにしている。 また大型鯨の捕獲や解剖及び生物調査などの方法に関する実行性も併せて検証することとしている。 さらに、目視調査を充実させるために、JARPAIIでは目視専門船を1隻増やして2隻として広大な調査海域をカバーしている。
JARPAII第一次調査は、2005年12月から2006年3月にかけて南極海の第III区東海域(東経35度)から第V区東海域の一部海域まで(東経175度まで)の広大な海域で予備調査として実施され、ミンククジラ853頭、ナガスクジラ10頭の鯨体標本が採集された。 さらに、調査の実行可能性を検証するための多くの情報が収集された。 本年の第二次調査では、海域を第V区と第VI区西側海域に変えて、調査の実行可能性の更なる検証のための情報収集も目的とする予備調査として実施する。
JARPAIIの主たる目的は、(1) 南極海生態系のモニタリング、(2) 鯨種間競合モデルの構築、(3) 系群構造の時空間的変動の解明、(4) クロミンククジラ資源の管理方式の改善である。
2006年11月15日〜2007年4月中旬(予定)
調査海域:南極海第V区全域及び第VI区西側海域(南緯60度以南、東経130度〜西経145度)
調査員:調査団長 西脇 茂利 ((財)日本鯨類研究所 調査部長)
(財)日本鯨類研究所より西脇団長他14名が参加
調査母船 日新丸 (8,030トン 小川 知之船長 以下151名)
目視採集船 第二勇新丸 (747トン 松坂 潔船長 以下21名)
目視採集船 勇新丸 (720トン 廣瀬喜代治船長 以下22名)
目視採集船 第一京丸 (812.08トン 佐々木安昭船長 以下22名)
目視専門船 第二共新丸 (372トン 竹下 湖二船長 以下23名)
目視専門船 海幸丸 (860.25トン 南 淨邦船長 以下25名)
合計 264名
クロミンククジラ 850頭±10%
ナガスクジラ 10頭
JARPAIIでは生態系のモニタリングを目的としており、従来のJARPAからの継続性を重視している。 このため、資試料の種類は従来同様に多岐にわたっており、大別すると、以下の6項目に集約される。
(1) 目視調査データ(クロミンククジラを含む大型鯨類を中心にした鯨類を記録する)
鯨群の発見位置、鯨種、発見群頭数、発見時水温、目視努力量などを記録
(2) 鯨体からの生物学的データ及び標本の採取(クロミンククジラ及びナガスクジラ)
系群、年齢、成熟、繁殖、栄養、汚染物質、性ホルモン、寄生虫などの各分野にわたる生物学的資・試料の収集
(3) 気象、海洋及び環境調査データ
天候、海氷、水温(XCTD、XBT及びCTDによる水温、塩分の鉛直分布、EPCSによる表層生物環境モニタリングを含む)、海上漂流物の観測、及び計量魚探による餌生物の分布と密度の測定
(4) バイオプシー採集
主としてシロナガスクジラ、ミナミセミクジラ、コセミクジラ、ナガスクジラ、イワシクジラ、クロミンククジラ、ザトウクジラ、マッコウクジラなどを対象として実施する。
(5) 写真撮影による自然標識記録
シロナガスクジラ、ミナミセミクジラ、ザトウクジラを対象として実施する。
(6) 衛星標識の装着
クロミンククジラ、シロナガスクジラ、ナガスクジラ、ザトウクジラ及びミナミセミクジラを対象として実施する。
2006/07JARPAIIに参加する調査船
左:調査母船 日新丸、右:目視採集船 第二勇新丸
左:目視採集船 勇新丸、右:目視採集船 第一京丸
左:目視専門船 第二共新丸、右:目視専門船 海幸丸
(参考)
国際捕鯨取締条約第8条(抜粋)
1.この条約の規定にかかわらず、締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究のために鯨を捕獲し、殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる。
2.前記の特別許可書に基づいて捕獲した鯨は、実行可能な限り加工し、また、取得金は、許可を与えた政府の発給した指令書に従って処分しなければならない。