南極海は海洋生物資源の宝庫である。 南極海での鯨類資源は1904年に開始された商業捕鯨によって、それまで主要な位置を占めていたシロナガスクジラやナガスクジラなどの大型鯨類資源が減少した。 また、国際捕鯨委員会(IWC)は、鯨類資源に対する充分な科学的知見がないことを理由に、1982年に商業捕鯨モラトリアムを採択した。
しかしながら、クロミンククジラ資源はモラトリアム設置当時から高い資源水準にあって、また近年ではナガスクジラやザトウクジラ等の鯨種も順調に資源を回復しつつあることが判明してきており、南極海での鯨類の構成に変化が生じていることが示唆されている。
第一期の南極海鯨類捕獲調査(JARPA)は、南極海のクロミンククジラ資源に関する科学的情報を収集して鯨類の持続的利用の達成に資することを目的として、日本政府から実施許可と財政支援を受けて、財団法人日本鯨類研究所が1987/88年から実施し、昨年の春に多大な成果を挙げて終了した。
日本政府は、JARPAで得られた結果を受けて、南極海生態系のモニタリングを行って鯨類資源の適切な管理に必要となる科学的情報を収集提供することを目的とし、致死的および非致死的手法の双方を含む総合的な調査として、第二期南極海鯨類捕獲調査計画(JARPAII)を策定した。
財団法人日本鯨類研究所は引き続き政府からの調査実施許可と財政支援を受けて2005/06年に本調査を開始した。
JARPAIIの調査目的は、(1) 南極海生態系のモニタリング、(2) 鯨種間競合モデルの構築、(3) 系群構造の時空間的変動の解明、(4) クロミンククジラ資源の管理方式の改善である。
今次調査は、この第一次調査として、本格調査の実行可能性(フィジビリティー)をさぐるための予備調査として実施され、クロミンククジラとナガスクジラを捕獲対象として、拡大された調査海域における目視調査の方法、採集数及び対象鯨種の増加に対応した採集方法等の実行可能性と妥当性を検証すること、並びに大型鯨の捕獲や解剖及び生物調査などの方法に関する実行性も併せて検証することも目的とされた。
(2)調査海域南極海第III区東側海域、第IV区全域並びに第V区西側海域及び東側海域の一部(東経35度〜東経175度、南緯60度以南)。 サンプルの採集は南緯62度以南で実施。
(3)航海日数及び調査日数航海日数:平成17年11月8日(出港) 〜 平成18年4月14日(入港)158日間
調査日数:平成17年12月3日(開始) 〜 平成18年3月 20日(終了)108日間
調査団長 西脇茂利 ((財)日本鯨類研究所 調査部長) 他16名
(5)調査船と乗組員数(含む監督官、調査員)調査母船 日新丸 (8,030トン 遠山大介船長 以下149名)
目視採集船 第二勇新丸 (747トン 松坂 潔船長 以下19名)
目視採集船 勇新丸 (720トン 三浦敏行船長 以下19名)
目視採集船 第一京丸 (812.08トン 廣瀬喜代治船長 以下22名)
目視専門船 第二共新丸 (372トン 竹下湖二船長 以下21名)
目視専門船 海幸丸 (860.25トン 南 淨邦船長 以下22名)
合計252名
16,238.07浬
(7)鯨種の発見数(一次及び二次発見の合計:仮集計)クロミンククジラ 1,848群 4,917頭
クロミンククジラらしい 105群 165頭
シロナガスクジラ 31群 48頭
ナガスクジラ 224群 936頭
イワシクジラ 2群 3頭
ザトウクジラ 1,848群 3,454頭
ミナミセミクジラ 61群 82頭
クロミンククジラ 853頭 (オス:462頭,メス:391頭) (計画数 850頭±10%)
ナガスクジラ 10頭 (オス:4頭,メス:6頭) (計画数 10頭)
シロナガスクジラ:13頭、ザトウクジラ:34頭、ミナミセミクジラ:38頭
(10)バイオプシー標本採取数シロナガスクジラ:5頭、ナガスクジラ:9頭、イワシクジラ:1頭、ザトウクジラ:13頭、 ミナミセミクジラ:15頭
(11)海洋観測CTD:86点、XCTD:123点、XBT:22点、EPCS:193日隻分、計量魚探:94日分
(12)調査結果要約・クロミンククジラの発見数は前回の調査と同程度であり、依然として高い水準を保っている。ただし、クロミンククジラが氷縁付近で高密度を形成することが良く知られているにもかかわらず、今次調査では、他鯨種の影響を受けて湾内や氷縁内の開氷域(ポリニア)まで押しやられている傾向が見られた(図1)。
図1.クロミンククジラの発見分布
・ザトウクジラは、前回のJARPA調査時と同様に高い発見数を示し、総数ではクロミンククジラのそれと同様であり、また調査海域内の分布も南側の氷縁付近にまで広く分布するようになり、分布範囲がさらに調査海域全域に広がる傾向を示し、クロミンククジラをさらに南に押しやっている傾向を示した(図2)。
図2.ザトウクジラの発見分布
・ナガスクジラの発見数は前回の調査に比べて大きく増加した。クロミンククジラやザトウクジラと比較すると、やや北側に分布する傾向を示したが、その分布範囲は、前回と比較してさらに南方に広がっていた(図3)。
図3.ナガスクジラの発見分布
・シロナガスクジラ及びミナミセミクジラは従来よりも広い範囲で発見された(図4)。
図4.シロナガスクジラ、イワシクジラ、ミナミセミクジラの発見分布
・ クロミンククジラ、ザトウクジラ、ナガスクジラの体重を考慮して、生物量(重量)で比較すると、ザトウクジラの生物量はすでにクロミンククジラのそれを超えており、ナガスクジラにおいてもクロミンククジラと同様の生物量となり、これら3種が南極生態系の中で大きな消費者としての位置にあることが示唆された。
・ 今回初めて10頭のナガスクジラを捕獲したが、商業捕鯨時の経験に照らして、やせている印象が強く、いわゆる尾の身はほとんど有していなかった。
・ 餌生物であるナンキョクオキアミの資源量について計量魚探による調査が目視専門船により同時に実施されていることから、これらの解析の結果により、南極生態系におけるこれら鯨種の食地位についても分析されることとなる。
・ グリーンピースおよびシーシェパードなど環境保護団体から1ヶ月に及ぶ調査妨害を受けたが、この不当なハラスメントに屈することなく、所期の目的を達成することが出来た。
左から順番に:調査母船日新丸、目視採集船 第二勇新丸、母船甲板上での生物調査(クロミンククジラ)
左から順番に:採集されたナガスクジラ 、ナガスクジラの外部形態計測、胃内容物調査(オキアミ)
左から順番に:ザトウクジラの群れ 、ミナミセミクジラのバイオプシーサンプリング
なお、4月29日(土)及び30日(日)には、入港地である金沢港にて調査母船・日新丸と目視採集船の 勇新丸の一般公開を開催する予定です。