南極海における鯨類捕獲調査(JARPA)は、国際捕鯨取締条約第8条に基づいて当研究所が政府の許可を受けて実施している調査で、本年度の調査は、1987/88年に実施した調査理論の実行可能性調査から数えて17度目の調査となります。
JARPAは1989/90年度より本格調査として実施され、国際捕鯨委員会(IWC)の管理海区である南極海第IV区(東経70度〜東経130度)及び第V区(東経130度〜西経170度)を対象に、隔年で各々の調査海区を交互に繰り返し、長期間の継続調査を行うように計画されています。 また、後述するように1995/96年度からは、調査海域に第III区東側と第VI区西側の海域を加えて調査を実施しています。
どの海区においてもライントランセクト法の理論に基づく目視調査と、無作為抽出法による南極海ミンククジラ(クロミンククジラ)の標本採集とを併用した調査活動を行っています。
今期調査は、南極海ミンククジラの来遊盛期の実態を把握する目的から、南極海第IV区を対象とした第8回目の本格調査と、南極海ミンククジラの調査海域周辺における回遊及び系群構造の季節変動を把握することから、第III区東側海域における5回目の調査を実施しました。 またこの往復航海中には、南極海ミンククジラの回遊と繁殖海域における分布及び系統群判別に必要な情報を得ることを目的にして、南半球中低緯度鯨類目視調査を実施しました。
採集された南極海ミンククジラの標本は、調査海域における年齢組成や性による棲み分け及び自然死亡率等を調べるために用いられるほか、形態・成長・繁殖・生理・回遊・生態に加え、系統群の判別や南極海生態系及び海洋環境といった多岐にわたる研究項目についての情報を解析するために有効に活用されています。
南極海ミンククジラの生物調査風景
これまでの調査結果により、南極海に索餌回遊する南極海ミンククジラの生物学的特性や分布並びに回遊生態は、当初予想したほど単純ではなく、南極海生態系やそれを包含する海洋環境が複雑に関係していることがわかってきました。 この捕獲調査が始まるまでは、IWCが定めた6つの管理海区に個別の繁殖集団(系群)が存在すると考えられていました。 しかし捕獲調査から得られたDNAなどの遺伝学的情報の解析結果などから、この管理海区の区分は系群に対応していないことが示唆されました。 1995/96年より調査海域を第III区東側と第VI区西側まで拡大して調査を行っていますが、これは自然死亡率や加入率等の生物学的特性値が系群によって異なる可能性があり、各々の系群を識別するための分布境界を把握するために行っているものです。
また、鯨類の摂餌環境を知るためには、餌生物の分布状況や索餌場における海洋環境を把握することも重要です。 このため、餌生物の分布及び資源量推定のための計量魚探調査や海洋観測も併行して主に目視専門船の第2共新丸にて実施致しました。
本年度調査における南極海ミンククジラの発見は1,195群 3,639頭で、主に第III区東側及び第IV区西側のパックアイス際で発見され、これまで発見が多かった第IV区東側では同種の高密度海域は観察されませんでした。
左:南極海ミンククジラの群れ(撮影:歌代準也)、右:トップ(クローズネスト)での探索風景
今回の調査結果での最大の特色は、ザトウクジラの顕著な発見数の増加です。 南極海のザトウクジラは商業捕鯨による乱獲によって資源が激減し、1963年に捕獲禁止になりました。 JARPAは1987/88年より隔年で第IV区の調査を実施していますが、1995/96年に第III区東側を含めた調査に拡大して以降、ザトウクジラの発見が年々増加しており、本年調査でも前回の第IV区調査を大きく上回る1,794群3,339頭が発見されました。 この群れの数は、南極海ミンククジラの発見群数を上回るもので、JARPA開始以来初めての結果です。
また、ザトウクジラは主に調査海域の氷縁から沖合までの海域で数多く発見され、氷縁近くに高密度の集団を作る南極海ミンククジラとは棲み分けている場合が多かったのですが、今次調査ではザトウクジラが氷縁まで高密度に分布し、南極海ミンククジラはこの中に単独で発見されるか、さらに南側(大陸側)の狭い水域に集中的に分布しているのがしばしば観察されました。
近年、ザトウクジラがその資源を回復してきたことは、JARPAからの南極海での結果としてIWCに報告していますが、同様に豪州の東西沿岸域からも年間10%以上の増加率で回復していることが報告されています。
南極海では、商業捕鯨による乱獲によって激減したシロナガスクジラに依然として資源の回復の兆しが認められないことに対して、科学者の多くは当時捕鯨の対象となっていなかった南極海ミンククジラがそのニッチェ(生態的地位)を奪って増加したため、シロナガスクジラ資源の回復が妨げられていると考えています。 今回の調査結果は、さらにザトウクジラがこのニッチェを南極海ミンククジラから取って代わろうとしている可能性を示唆するものであり、今後の多方面にわたる研究や更なる調査によって明らかになるでしょう。
目視採集船は、目視調査及び標本採集活動の他に、大型ヒゲクジラを対象とした個体識別用写真撮影やバイオプシー標本の採取、衛星標識装着実験などの非致死的調査も積極的に行い、バイオプシーではザトウクジラ62個体を含む4鯨種72個体から組織の採取に成功しました。 また衛星標識装着実験では、南極海ミンククジラ2個体とザトウクジラ1個体について、一体型衛星標識の装着にJARPAでは初めて成功しました。 しかしながら、残念なことにその後の受信状況は芳しくなく、原因の究明と今後の改良が課題として残されています。
左から順番に:ザトウクジラの群れ、ザトウクジラの群れ、バイオプシー標本採集中のシロナガスクジラ、衛星標識の装着に成功したザトウクジラ。追跡まで及ばず、脱落したと考えられる。(撮影:歌代準也)
(1) 南極海ミンククジラの資源管理に有用な生物学的特性値の推定
(2) 南極生態系における鯨類の役割の解明
(3) 環境変化が鯨類に与える影響の解明
(4) 資源管理を改善するための南極海ミンククジラの系群構造解明
南緯60度以南の第III区東側(東経35度〜東経70度)及び南極海第IV区(東経70度〜東経130度)。 第III区東側については、第IV区調査の前に調査を行った。 また、調査海域への往復航海を利用して南緯30度から南緯60度の間に南半球中低緯度目視調査を実施した。
図1.調査海域概要。調査は南緯60度以南、東経35度から東経130度の間を調査した。 また、調査海域への往復航海を利用して南緯30度から南緯60度の間に中低緯度目視調査を行った。
航海日数: 平成15年11 月 7日(出港) 〜 平成16年3月31日(入港) 146日間
調査日数: 平成15年11月30日(開始) 〜 平成16年3月 3日 (終了) 95日間
調査団長 石川 創 ((財)日本鯨類研究所 調査部次長) 他13名
(5)調査船と乗組員数(含む監督官、調査員)調査母船 日 新 丸 (7,638トン 遠山大介船長以下127名)
目視採集船 第二勇新丸 (747トン 亀井秀春船長以下17名)
目視採集船 勇 新 丸 (720トン 松坂潔船長以下17名)
目視採集船 第一京丸 (812.08トン 廣瀬喜代治船長以下20名)
目視専門船 第二共新丸 (372トン 南淨邦船長以下19名) 合計 200名
19,286.7浬
(7)鯨種の発見数(一次及び二次発見の合計)南極海ミンククジラ | 1,195群 | 3,639頭 |
シロナガスクジラ | 36群 | 66頭 |
ナガスクジラ | 125群 | 541頭 |
ザトウクジラ | 1,794群 | 3,339頭 |
ミナミセミクジラ | 1群 | 2頭 |
マッコウクジラ | 239群 | 241頭 |
ミナミトックリクジラ | 157群 | 280頭 |
シャチ | 126群 | 1,468頭 |
第III区東側 110頭 (オス:62頭,メス:48頭)
第IV区 330頭 (オス:138頭,メス:192頭)
左から順番に:調査母船 日新丸、目視採集船 第二勇新丸、目視採集船 勇新丸
左から順番に:目視採集船 第一京丸、目視専門船 第二共新丸
なお、4月24日及び25日には、入港地である函館港にて調査母船・日新丸と目視採集船の第二勇新丸の一般公開を開催する予定です(別紙「平成16年度鯨類捕獲調査船団一般公開実施要領(案)」を参照)。